代表プロフィール

鮎原透仁
鮎原透仁(あゆはらゆきひと)

1983年10月24日生まれ (猪年 さそり座)
血液型:A
千葉県銚子市出身
千葉県船橋市在住

【肩書】
株式会社携帯見直し本舗® 代表取締役社長
一般社団法人携帯電話料金適正化協会 代表理事
ファイナンシャルプランナー2級(国家資格)
携帯料金見直しアドバイザー
セミナー・研修講師
MONEYCIL(マネシル)認定ファイナンシャルプランナー

【出身校】
銚子市立飯沼幼稚園
銚子市立明神小学校
銚子市立第一中学校(卓球部)
千葉県立銚子商業高等学校(吹奏楽部)

セミナー・講演・研修実績

  • 消費生活センター
  • 保険代理店協会
  • 大手FP事務所
  • 生命保険会社
  • 家計簿アプリ運営会社(家計簿アプリユーザー向け)
  • 大手企業労働組合(東証一部上場企業労働組合)

セミナー・取材のご依頼は「問い合わせフォーム」もしくは「電話(050-7117-4100)」よりお願いいたします。

メディア掲載実績

  • PRESIDENT
  • NEWSPICKS
  • 日本経済新聞
  • 文化放送「なな→きゅう」
  • TBSテレビ「はやドキ!」「Nスタ」
  • フジテレビ「Live News it!」「情報プレゼンター とくダネ!」
  • Yahoo!ニュース
  • FLASH
  • 調布FM(83.8MHz)「ドリームワークスdw4510 Music Bunker★σ」
  • インターネットラジオ放送局ゆめのたね「三船智美の、ゆる・らふ・ナイト☆」

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以下は、私の個人的なストーリーです。

学生時代

幼稚園〜小学校の頃はクラスでも目立つ方で活発なキャラ。

中学高校は身長が低かったので、キャラも性格も目立たないキャラに・・・

勉強はそこそこ出来たので、大学に進学すると思っていたものの。

「お前を進学させるお金は無いから諦めなさい」と言われてショック!!

(今となって考えれば、我が家は呉服屋でバブル崩壊の影響をモロに受けたので無理もない・・・)

就職して上京

呉服の販売をしている両親をずっと見てきたので
「東京で販売の仕事をしたいです!」という進路希望を出して東京のスーパーマーケットに就職。

しかし!販売の仕事をしたかったのに、商業高校で簿記系の資格を持っていたので配属されたのは事務職(泣)

その後2年続け、販売への転属願いを出したものの、希望が通じず転職を決意。

会社を辞めて寮生活から、習志野のアパートにて一人暮らしをスタート。

背が低い自分への外見コンプレックスを克服するため、
以前よりファッションへの興味があったのでアパレル業界への転職活動を行う。

しかし!希望していたブランドの面接に落ち挫折・・・
その後、「なんとなく飲食で働いてみようかなぁ〜」と津田沼のダイニングバーで働くことに。

働きまくる日々・・・

何となく入った飲食業は毎日17:00出勤で終わるのが翌朝の8:00の日々。
(交代制って聞いてたけど、交代が無かった)

夕日に照らされて出勤し、朝日に照らされて帰るという完全に昼夜逆転生活。

新規出店のオープニングプロジェクトに参加していた時は、毎日20時間働き2ヶ月間休みもな働く(それだけ働いて月収15万)。

身も心もズタボロだったが、転職するという思考も停止するほどの状態だったのでいつのまにか3年が経過・・・

その頃、当時の彼女と同棲することになり「まともな生活に戻らなくては!」と目がさめて飲食の世界から出ることを決意。

人生最大の挫折

「次はちゃんとした大手企業で働こう」と転職したのはデパ地下食品販売の会社。

東証1部に上場している企業の正社員なので、収入は飲食時代の倍にアップ!

しかし!実状は毎月残業100時間を切ることがなく、残業手当だけで収入が10万以上あったので残業収入が増えていただけ。

大手企業への就職&収入アップもあったので当時の彼女と婚約することになったものの、
残業が多く休みも急に潰れる日々が続き・・・

婚約者より「私の描いてた生活はこんなはずじゃなかった」と新居に引っ越した1ヶ月後にフラれる!!

さらにこの頃、長年無理を続けた体が悲鳴をあげてヘルニアになってしまい、足を引きづりながら仕事する状態に。

婚約破棄による精神的ショックと体の不調と度重なるストレスで、
精神的にも肉体的にも仕事が出来ない状態になってしまい、25歳で実家に帰る。

地元での再就職

地元の千葉県銚子市に帰ってからは仕事をせず何もしない日々が1年続き、
無職にも飽きてきた頃に就職活動をスタート。

相変わらず人と接する仕事は好きだったが、
シフト勤務生活には懲りていたので土日が休める仕事を探して、建設資材の営業会社に就職。

営業職といってもスーツを着ての仕事では無く、作業服にヘルメット姿で毎日トラックを100km以上運転し、
工事現場への営業と配達(コンクリートとか鉄パイプとか重量物も)をする日々。

166cm・56kgと小柄な体格だったので、現場の職人からは
「おめぇにこの仕事はできねぇ〜だろ!?」と言われまくる苦難のスタート。

(田舎訛り&職人気質で口悪いけど、優しい人が多く大好きな業界です)

平和な日々、そして再び東京へ

マメな性格が営業に向いていたのか年々成果が出始め、
今の妻との出会いもあり仕事・プライベート共に順調に進む。

その後、結婚し社会人生活で初めての平和な日々が訪れ、
4年目からは社内トップクラスの営業成績となる。

その頃、第一子が誕生し初めて本気で自分の将来について考え、

「このまま東京から逃げ帰ったまま人生終わるのは嫌だな・・・」
「もう一回東京に出たいな・・・」

と漠然的に上京を考え始める。

また、同時期に初めて生命保険に加入。

「死ぬことなんてまず無いし、無駄な金になるの嫌だし、いらないよなー」と思っていたが、
妻から「いい加減保険入ってくれないと私と子供が困る」と言われて加入を考え始める。

しかし、保険の話を聞けば聞くほどに分かりづらく、
あまりの複雑さに「なんでこんな分かりづらいんだよ!」と苛立ちを覚え、

「いっそのこと自分で仕事にすれば詳しくなるんじゃ?」
「保険屋はしつこくて信用出来ないし自分で選べるようになるのが一番いいんじゃないか?」
「保険を仕事にしてまた東京に出れないだろうか?」

とめちゃくちゃ悩んだ末にソニー生命保険に転職し、個人事業主として起業。

趣味が仕事となり独立!!

保険の相談を受ける中で家計の相談を受ける機会が増えはじめ、
20代前半の極貧時代に必要に迫られて自然と身に付いていた節約術の数々をアドバイスして好評を得る。

(保険料削減、家計簿の付け方、貯蓄、銀行・クレジットカード選び、電気ガス料金削減、携帯料金見直しなど)

その中でも携帯料金の見直しの反響が大きく、口コミと紹介のみで毎月5〜10人の携帯料金見直しアドバイスを行うようになり、

「仕事にするべきですよ!」
「仕事にしてください!」

と多くの声をもらい、本格的に携帯料金見直しアドバイザーとしての活動を決意。

2017年4月にファイナンシャルプランナーとして独立。

携帯見直し本舗の代表として特定の会社を販売しない中立の立場で携帯料金を削減するアドバイス行い、
4年間で1,500人以上の携帯料金見直しアドバイスを行う。

2019年11月27日に株式会社携帯見直し本舗を設立。

個人へのアドバイスだけでなく、ファイナンシャルプランナーへの携帯料金見直しアドバイスを身につけるための研修なども行う。